
介護業界では深刻な人材不足が続いています。せっかく採用した人材がすぐに辞めてしまうと、採用コストや教育コストが無駄になるだけでなく、サービスの質の低下にもつながります。
介護職の定着率を高めることは、事業の安定と成長に欠かせない重要な課題です。
この記事では、介護業界の離職率の現状を確認したうえで、人材定着率を向上させるための12の実践的な方法を紹介します。すぐに実践できる具体的な施策から、中長期的に取り組むべき組織づくりまで、幅広く解説していきます。
介護業界の離職率と人材不足の現状
まずは介護業界の離職率と人材不足の現状について見ていきましょう。
介護労働安定センターの調査によると、2021年10月から2022年9月までの介護職、訪問介護員の2職種合計の離職率は14.4%でした。一方、厚生労働省の調査では、2022年1年間の全産業の常用労働者の離職率は15.0%となっています。
つまり、介護業界の離職率は全産業の平均と比べて特別高いわけではないのです。しかし問題なのは、入職後の早い段階での離職が多いことです。

令和4年度の介護労働実態調査では、離職者のうち勤務1年未満の離職率が34.4%、勤務1年以上3年未満の離職率が25.5%を占めており、全離職者の約60%が3年以内に離職しています。
この状況は深刻です。せっかく採用して教育しても、スキルや経験が身につき始めた頃に辞めてしまうのです。
さらに、介護業界の人材不足は今後さらに深刻化すると予測されています。第9期介護保険事業計画によると、2040年には介護職員が約57万人不足するとされています。
高齢者人口の増加に伴い介護サービスの需要は増え続ける一方、少子化により労働人口は減少していくため、人材確保はますます難しくなるでしょう。
だからこそ、新たな人材確保と同時に、既存スタッフの定着率向上が極めて重要なのです。
介護職が離職する主な理由とは?
効果的な定着率向上策を考えるためには、まず介護職員が離職する理由を理解する必要があります。
介護労働安定センターの令和5年度「介護労働実態調査」によると、介護職を離職した理由で最も多いのは「職場の人間関係に問題があった」で、全体の34.3%を占めています。

特に若手スタッフにとっては、上司との関係が大きな要因となっており、上司の思いやりのない言動やパワハラ、管理能力の低さが指摘されています。
また、職場内での仲間はずれによる孤立感や疎外感といった問題も、新人スタッフの間で深刻な影響を与えています。
人間関係の問題以外にも、以下のような理由が主な離職要因として挙げられています:
- 給与など待遇が悪い
- 自分の介護技術が追いつかず力不足を感じた
- 将来の展望が見えなかった
- 法人や施設・事業所の理念や運営のあり方に不満があった
- 結婚・妊娠・出産などのライフイベント
- 新しい資格を取ってキャリアアップするため
これらの要因が複合的に絡み合うことで、介護職員の離職につながっていると考えられます。
介護職の人材定着率を高める12の実践的向上策
ここからは、介護職の人材定着率を高めるための12の実践的な方法を紹介します。
これらの施策は、現場での実践例や研究結果に基づいた効果的なアプローチです。自施設の状況に合わせて取り入れてみてください。
1. 管理者・リーダー職への教育強化
新人の離職対策というと新人研修に力を入れる法人が多いようですが、離職を防ぐためには、新人よりも管理者・リーダーへの教育が重要です。
どんなに優秀な人材を採用して研修を実施しても、施設長やリーダーのマネジメントや部下への接し方に問題があれば、新人が業務へのモチベーションを維持できなくなります。

具体的な解決策としては、管理者・リーダー職に、マネジメントや人材育成に関する研修を受けてもらうことが考えられます。法人内で研修を実施するほかに、外部の管理者・リーダー向けセミナーを利用するという選択肢もあります。
一般的に介護法人の管理者・リーダー職は、現場の介護職員からキャリアアップした人が多く、マネジメント教育を受けた経験がある人は多くはありません。だからこそ、研修を通して改めて教育することで、職員への接し方が改善され、離職防止につながる効果が期待できます。
2. 定期的な1on1ミーティングの実施
介護職の離職理由の1位が「人間関係の問題」であることを考えると、人間関係にまつわる悩みを解消する働きかけが必要です。
具体的には、施設長など、運営本部側が定期的に職員との面談を実施して、個別に悩みを聞き取るとよいでしょう。
職員が上司や同僚との関係性に悩んでいる場合は、所属するチームを変える、別の施設に異動させるなどの配置転換をすると、悩みが解消され、離職を防げる場合があります。
定期的な面談の実施は、新人の業務上の課題の解決やモチベーションアップにもつながります。
3. 明確なキャリアパスの提示
「将来の展望が見えなかった」という離職理由も多く挙げられています。介護職員が長期的なキャリアビジョンを描けるよう、明確なキャリアパスを提示することが重要です。
例えば、介護職員→リーダー→ユニットリーダー→フロア責任者→施設長といった昇進ルートや、専門資格取得による専門職コースなど、複数のキャリアパスを示すことで、職員は自分の将来像を描きやすくなります。
キャリアパスと連動した研修制度や資格取得支援制度を整備することで、職員の成長意欲を高め、定着率向上につなげることができます。
4. 適切な給与・評価制度の構築
「給与など待遇が悪い」という理由も離職の大きな要因です。業界の平均水準を踏まえた適切な給与体系の構築が必要です。
また、頑張った人が正当に評価される公平な評価制度も重要です。評価基準を明確にし、定期的な評価面談を行うことで、職員のモチベーション向上につながります。

昇給の仕組みや賞与の条件なども透明性を持って伝えることで、職員の納得感と将来への安心感を高めることができます。
小規模な事業所では大幅な給与アップが難しい場合もありますが、その場合は他の待遇面(休暇制度、福利厚生など)で補完する工夫も効果的です。
5. 新人教育・メンター制度の充実
「自分の介護技術が追いつかず力不足を感じた」という理由で離職する職員も少なくありません。特に入職後3年以内の離職が多いことを考えると、新人教育の充実は重要な課題です。
効果的な新人教育方法としては、以下のようなものが挙げられます:
- OJT(On-the-Job Training):実際の業務を通じて、先輩職員が指導する方法
- メンター制度:新人一人ひとりに専任の指導者(メンター)をつける制度
- 段階的な研修プログラム:基礎から応用へと段階的に学べる研修体系
- 定期的なフォローアップ面談:習熟度や悩みを定期的に確認する面談
特にメンター制度は、業務指導だけでなく精神的なサポートも提供できるため、新人の不安解消に効果的です。メンターには、コミュニケーション能力が高く、教育に熱心な職員を選ぶことがポイントです。
6. 職場環境・労働条件の改善
物理的な職場環境や労働条件の改善も、定着率向上に大きく影響します。
具体的には、休憩室の整備、最新の介護機器の導入、シフト希望の柔軟な対応、有給休暇の取得促進などが挙げられます。
特に介護業界では身体的負担が大きいため、腰痛防止のためのリフトや移乗サポート機器の導入は、職員の健康維持と長期勤続に効果的です。
また、子育て中の職員に配慮した短時間勤務制度や、夜勤の負担軽減策なども、ライフステージに合わせた働き方を支援する上で重要です。
7. ICT・テクノロジーの活用による業務効率化
介護現場の業務負担を軽減するために、ICTやテクノロジーの活用も効果的です。
介護記録ソフトの導入、タブレット端末の活用、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)による事務作業の自動化など、テクノロジーを活用することで業務効率化を図ることができます。

業務の効率化により職員の負担が軽減されれば、利用者と向き合う時間が増え、仕事の満足度向上にもつながります。
ただし、新しいシステムの導入時には十分な研修と移行期間を設け、特に高齢の職員や技術に不慣れな職員へのサポートを丁寧に行うことが重要です。
8. チームビルディング・コミュニケーション強化
離職理由の最上位に「職場の人間関係」があることから、チームの結束力を高めるための取り組みも重要です。
定期的なチームミーティングや、職員同士が交流できるイベント(食事会、レクリエーションなど)の開催、部署を超えた交流の機会を設けることで、職場の一体感を醸成できます。
また、日常的なコミュニケーションを促進するための「朝礼」「申し送り」の工夫や、情報共有ツールの活用も効果的です。
職員間の良好な関係性は、業務上の協力体制を強化するだけでなく、職場への帰属意識を高め、定着率向上につながります。
9. 法人理念・ビジョンの浸透
「法人や施設・事業所の理念や運営のあり方に不満があった」という離職理由も少なくありません。
法人の理念やビジョンを明確に示し、それを全職員に浸透させることで、仕事の意義や目的を共有し、一体感を醸成することができます。
理念やビジョンは、採用時の面接や入職時研修で丁寧に説明するだけでなく、日常的な業務の中でも繰り返し伝えることが重要です。
また、理念に基づいた具体的な行動指針を示し、それが実際の業務や評価にどう反映されるかを明確にすることで、職員の納得感と帰属意識を高めることができます。
10. ワークライフバランスの支援
「結婚・妊娠・出産」などのライフイベントによる離職も多く見られます。職員のライフステージに合わせた柔軟な働き方を支援することで、長期的な定着につなげることができます。
具体的には、以下のような取り組みが効果的です:
- 育児・介護休業制度の充実と取得促進
- 時短勤務、フレックスタイム制度の導入
- 夜勤免除・軽減制度
- 有給休暇の取得促進
- 急な子どもの病気などへの対応(シフト調整など)
特に女性が多い介護業界では、出産・育児と仕事の両立支援は定着率向上に大きく影響します。復帰後も安心して働ける環境づくりが重要です。
11. 資格取得・スキルアップ支援
「新しい資格を取ってキャリアアップするため」に転職する職員も少なくありません。これを防ぐためには、自法人内でのスキルアップや資格取得を支援する仕組みが必要です。
具体的な支援策としては、以下のようなものが考えられます:
- 資格取得支援制度(受験料補助、教材費補助など)
- 資格取得のための勉強会や講習会の開催
- 資格取得者への手当支給や昇給
- 外部研修への参加支援(費用負担、勤務調整など)
職員が自己成長を実感できる環境を整えることで、「ここで働き続けたい」という意欲を高めることができます。
12. 離職者の声を活かす仕組みづくり
実際に離職した職員の声は、定着率向上のための貴重な情報源です。退職時の面談(エグジットインタビュー)を丁寧に行い、離職理由や改善点を聞き取ることが重要です。
また、定期的に職員満足度調査を実施し、現職員の不満や要望を把握することも効果的です。
集めた情報は単に記録するだけでなく、実際の改善策に反映させ、PDCAサイクルを回すことで、組織の継続的な成長につなげることができます。
「職員の声を聞いて実際に改善された」という実感は、残った職員の信頼感と定着意欲を高めることにもつながります。
定着率向上のための組織づくりとマネジメント
ここまで12の具体的な施策を紹介してきましたが、これらを効果的に実施するためには、組織全体のマネジメント体制を整えることが重要です。
特別養護老人ホームにおける組織マネジメントの研究によれば、介護人材を定着させるための組織マネジメントは、「経営意識による仕組みづくりと職員を大事に育てるための人づくりを基盤に、上下をつなぎ合わせる管理体制をつくったうえで、管理職を中心にみんなが経営に参画できる環境をつくること」と定義されています。
つまり、単発的な施策ではなく、組織全体の仕組みとして人材育成と定着を捉えることが重要なのです。
介護職における就業継続の意向を高める要因に関する研究では、以下の3つのカテゴリーが抽出されています:
- 介護の仕事に対する愛着
- 職場の結束力と職場内外のつながり
- 支援的な現場目線の職場運営と人材開発
これらの要素を組織全体で育んでいくことが、長期的な定着率向上につながります。
まとめ:介護職の人材定着率向上は組織の成長につながる
介護業界の人材不足が深刻化する中、人材の定着率向上は喫緊の課題です。今回紹介した12の施策は、それぞれが単独でも効果がありますが、複合的に取り組むことでより大きな効果が期待できます。
重要なのは、「人材は最大の資源である」という認識を経営層が持ち、定着率向上を経営戦略の一環として位置づけることです。
職員一人ひとりが「この職場で長く働きたい」と思える環境づくりは、結果的に利用者へのサービス向上にもつながり、組織全体の成長を促進します。
人材定着の取り組みは、すぐに結果が出るものではありませんが、継続的な改善を重ねることで、必ず成果につながります。ぜひ自施設の状況に合わせて、できることから取り組んでみてください。
介護人材の採用や定着でお悩みの事業者様には、中小介護事業者専門の採用課題解決サービス「かいごのおたすけ採用隊」がお役に立てるかもしれません。月額10万円(税別)で採用業務を完全代行し、戦略的求人設計や積極的スカウト活動、業界ネットワーク活用などの専門的アプローチで、採用成功をサポートします。
採用と定着は車の両輪です。採用の負担を軽減することで、定着率向上の取り組みにより多くのリソースを割くことも可能になります。詳しい情報はかいごのおたすけ採用隊のウェブサイトをご覧ください。